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2012年4月25日 (水)

ずっと抱きしめていたいもの。

何日前の事だったろうか。
もう、半月くらい前かもしれない。

「手放したくなくなったから、頑張る」というような内容の事を、twitterでつぶやいた。

それは昔、私が、恋に悩んで、伝えるべきか否か迷ってる女の子に、何気なく伝えた助言で。
「1番大事なのは、その人を手放したくないと思うかどうか、ですよ」っていうような内容だったかな。
だから、まぁ、少し勘違いされたわけですけれども(笑)

恋に限らず。
人生って、そうだと思うのだ。
全てを選んで、全てを抱えたまま生きていくなんて、重量オーバーでつぶれてしまう。
あるいは、本当に大切な筈の物を、うっかりつかみ損ねて、落として壊してしまうかもしれない。
だから、人生の様々なポイントにおいて、必ず発生する、取捨選択。

今回、私が手放したくなかったのは。
自分が立ち上げたバンド、春雨LALAです。

クリスマス以降、全く練習しておらず。
ライヴの予定も決まってなくて。
そんな中、私は歌う事、歌を作る事の意味をなくしてしまって。
このブログの中でも、物凄く葛藤したのですが。
いろいろ考えた末。
私は、歌を作って見せていく、という以前に、もう、春雨LALAって場所が、その空間を作る人たちが。
たまらなく愛しかったのだ。
ああ、守っていきたいな、と心の底から思って。

また、大事な物が増えてしまった。
そこまで好きになって、終わる時に崩れてどうしようもなくなるのは、自分なのに。
続く未来を確信したとたんに、期限を切られて呆然とした日の事を、忘れたわけじゃないのに。
だからこそ、最初は、たった1回のライヴの為に協力して下さい、というコンセプトで作ったのに。
好きになってしまった。
その事に気付いてしまった。
戻れなくなった。

じゃあ、大切にしないと。

そんな思いで組んだ、今年初のスタジオ練習だったのですけれども。
私が、壊したくないと願えば願うほど。
いつも何処かにほころびが出来るね、って。
忘れていたから。
ちょっと打ちのめされた。

メンバーからの、脱退意思のメール。
引き止める術も、理由をはっきりと問いつめるだけの言葉も持ってなくて。
分かった、としか返事できなかった。

当日なので。
スタジオもキャンセルできないな。
3時間もあるし。
みんなに先に言うかな。
でも、メールって手法で上手く伝えられる気がしないし。
ギター教室遅れちゃう。
とりあえずギター持って行こう。
みんながやる気なくなったら、私が3時間練習すればいい。

もう、終わる事しか見えてなくて。
新しく探す、とか。
なんか無理かな、なんて。
ひとり抜けたら、じゃあ、別のバンドに集中する為に自分も抜けようかな、とか。
仕事忙しいし抜けようかな、とか。
誘ってくれた人居なくなるし、やめようかな、とか。
そうなるかと思ってた。
ああ、手放せないと思ったとたんにこれか、なんて。
ちょっと嗤ってみたり。

ギター教室の間も。
なんとか神経繋いだけど。
幾分、上の空で。
ああ、ごめんなさい、って思った。

でも、スタジオついて。
一人一人に、事の顛末を話したら。
みんな、けっこうあっさり、「あ、そうなんだ」って感じで。
あれ?って思って。

確かに、音が足りなくて、うわわわ、って思う瞬間があったんだけど。
それ以上に、みんなが変わらず楽しそうに音を出してた。
途中で、ヴォーカルそっちのけで即興セッションが始まったりとか。
凄く気持ちよくて。
ああ、いいメンバー集めたな、なんて感動したり。

練習終わって。
確認をした。
こんな事があったから、やっぱりみんなに確認しておきたいんだけど、続けていくってことで大丈夫なのかな、って。
そうしたら。
別に良いんじゃない?とか。
そして、無理してメンバー増やさなくても良いんじゃない?とか。
ライヴさせてもらえるなら、そりゃしたいけど、無いなら無いで、スタジオでみんなで音を出してる時間が楽しいんだから、良いんじゃない?とか。
しばらく4人で良いんじゃない?とか。
誰か入りたい人が居れば入って貰えば良いし、一緒にやりたい人が出てきた時に入って貰えば良いんじゃない?とか。

私は、崩してしまう事、バラバラになってしまう事しか想像できてなかったのに。
みんな、なんて強いんだろう。
というか、真っ当なんだろう。

少しのほころびすら認める事も修復を試みる事すらしないなんて。
私は、やっぱり何処か欠陥品。

強いメンバーと一緒で良かったです。
楽しいです。
私は幸せ者だ。

やっぱり手放したくないです。
だから、本気出す。

泣きながら電話に手をかける夜になるんじゃないかと思ってたけど。
スタジオの録音聴きながら、妙にニヤニヤする夜になってしまった。

また、はじまる。

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2012年4月13日 (金)

映画感想文「KOTOKO」

久しぶりだな、このカテゴリ。
映画、ちょこちょこ見てるんだけど、見た後に影響を受けすぎるというか、考えすぎて、結局考えがまとまらなくて、感想が記せないんだよね。

でも、この感想は残しておきたかった。
mixiには、とても当たり障りのない事を書いてしまった。
本音は、とても書けないと思った。

結構ネタバレてしまうので。
気にする方は、映画見てからにしてね。


一言で表現するならば、衝撃だった。
そうとしか言えない。

このデリケートな世の中。
人は誰しも、多かれ少なかれ精神的な何かを抱えているのだと思う。
誰もに思い当たる物語。

自分を頼りにしてくる我が子。
腕の力を緩めれば。
全てが終わってしまうのに。
全身を、委ねてくる、其の感覚。

母になった人にしか解らないのだろう。
だから私には解らない。
納得はできても、経験レベルでは全然分かっていない。

守りたい、大切にしたい、ちゃんとしたい。
そんな気持ちしかないのに。
うまくいかない、守れない。
一時、手放すように、促されて、離ればなれ。

愛情を注ぎたいだけなのに。

なんてもどかしいのだろう。

注ぐばかりだと思っていた愛情の、風向きが変わる。
自分に注がれるようになる。
にわかには信じられずに。
疑って、試して、ぶつかって、遠ざけようとして。
それでも大丈夫って言ってくれた。
世界がひとつに重なった。

なのに。
結局、目の前から消えた。
其の、喪失感。

そして子供は帰ってくる。
また、注ぐ愛情。
自ら、手を下してしまいそうになるほどの、狂おしい愛情。

でも、出来なかったんだね。
何かが、それをさせなかったんだね。

ラストシーン。
会いにきて、にこやかに話す子供。
他愛のない事を。
報告して。
折り鶴を作って。置いていく。

それは、昔、母に教えられた折り鶴。

窓の外。
手を振って帰る子供。

琴子の周りの人は、誰もが、虐待じゃないかと疑ってしまったのに。
子供は、解ってたんだよね。
愛情を、疑いのないほどまっすぐな愛情を。
信じていたんだね、いるんだね。
それが、救いだった。

貫けないなら。
大丈夫なんて言わなきゃ良いのに。
消えてしまうのなら。
そんなにきつく抱きしめたりしなきゃ良かったのに。
結局は、冷めてしまう。
ついていけなくなる、守りきれなくなる、手放したくなる。
放っておけないと言ったのと同じ人が、結局最後は、ほっぽり出すんだね。
だからもう誰の手も取らない。

それでも。
自分が注ぐ愛情は真実で。
其の命のすべてを、自分の両手に預けてくれる存在は。
どんなに愛おしいだろう。
勿論、それだけじゃない、葛藤も苦労も沢山あるのだろうけれど。
それでも。
無条件に愛せる存在なんて。
疑わずにすむ愛情なんて。
母子の絆以外に、何があるだろう。

歌うシーンが好きだった。
たった1人の男を、ちゃんと愛せると確信した瞬間に、聴かせる歌、見せる自分。
劇中、1番綺麗な琴子のシーン。

あんなにまっすぐ示したのに。
何がいけなかったのだろう。
これから、すべてが変わると思ったのに。これからこれからこれから。

傷だらけにした腕をタオルでくるんで。
ソファに寝転んで話すシーン。
血は、生臭くて、海みたいなにおいがするから、って。
そんな内容のセリフ。
あれ、好きだった。
命は、海から来たんだ、っていう話。
私も、ずっとそう思ってた。
リストカットは、死にたいからするんじゃなくて、生きてる事の確認、っていうのを、ちゃんと説明してくれてるのも好きだった。
死にたいと思って手首を切ってみた事を、安易にリストカットって言う人いるけど、それは違う、それは死に損ない。
リストカットは、生きてる事の確認だから。
そうしないと、解らなくなるから、だから。

宇宙の話も好きだった。
太陽系のようなものが、広い宇宙には沢山あって、其の中のどれかひとつに、地球みたいな星があってもおかしくない、って。
そんな話を。
黙って聴いてて、其の後。
隣で聞いてた田中が。
「あなたをずっと好きでいつづけるという事が仕事だったら良いのに」なんて、とんちんかんな事を言う。
結局、義務じゃないと続けられないと言ってるようなものだ。
でも、琴子はもう、愛を芽生えさせてた。

すれ違いは、哀しい。

CoccoがKOTOKOの為に書き下ろしたエッセイ「コトコノコ」も買った。読んだ。
より深く、映画を味わう事が出来た。

自分に向かう愛情は。
信じられない。
だから。
手にしない事にしている。

あの喪失感は、たまらない。
こわい映画だった。
思い出しては何度も泣いて。
エッセイを読んでは、また泣いて。

それでも琴子には。
愛情を注ぐ先があった。
間違った形になろうかとしたけれど。
それすら無いのとは全然違う。

夜な夜な泣いて、自分を持て余すしか出来ない私。

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